人間回復の要求とコミュニティ 6

人間はストレスがなくなって心が安まるのは、コミュニティのなかにいるときです。


そこで人間的なあたたかみを感じます。


なぜでしょうか。


それは、すでに見たように、「人格たる人間」に決定的なのは思いやりだからだ、と思います。


思いやりのない人間を、わが国では昔から「人でなし」といってきました。


人間でない、といってきたのです。


この点からすると、ゲゼルシャフトは「人でなしの社会」、つまり非人間的な社会だということになります。


これにたいしてゲマインシャフトは、真に「人の社会」、人間的な社会関係ということになります。


だからこそ、人はそこにおいて人間らしさをおぼえ、安らぎを感じるのだ、と思います。


それが、失われると人間的には冷たい社会、寂しい社会となります。


人間がいくらいても寂しいのです。


残念ながら現代社会は都市化し、利益社会的傾向が非常に強くなっています。


子どもたちがサッカー スパイクをはいて元気に走り回ることが出来るような社会にしたいですね。

人間回復の要求とコミュニティ 5

自分の儲けになるから彼と契約しようといった、商売の世界がその典型です。


ハミルトン ジャズマスターなどブランド時計の商売も同じですね。


合理的な関係です。


これにたいして、ゲマインシャフトは利害打算を越えた人間関係です。


昔、軍隊で生まれた歌ですが、「きさまとおれとは同期の桜、なぜか気がおうて忘れられぬ」と歌われるあの関係です。


理由はわからないけれども、なぜか気が合う交わりです。


利害関係でなくて、それを越えるものです。


その意味で非合理的な関係です。


愛する人々の間の交わりはそうしたものです。


コミュニティは、社会学的には、このようなゲマインシャフトをさしています。


心の触れあいのある人と人との交わりです。


そういうなかにいるときに、人は初めて人間らしさを感じ、安らぎを感じるのです。


利害打算で交わる場合、そろばんつくの場合は、商売の世界がそうであるように、「生き馬の目を抜く」関係になります。


安心してはおれないのです。


いつもそろばんをはじいておらねばなりません。


こういう社会関係のなかにいるとストレスがたまります。

人間回復の要求とコミュニティ 4

これは組織論の間題にもかかわってきます。


組織が巨大化すればするほど、規則ずくめになってしまいます。


そうでなくて、人間的な関係で組織を動かせるようにしようと思ったなら、どうすべきでしょうか。


この間題は後に触れます。


・・・ともあれ、人はコミュニティのなかにおいて、またそこにおいてのみ、人間らしさを感じるものです。


社会学では、よく人間の社会関係に二種類のものを区別します。


一つは「ゲゼルシャフト」、もう一つは「ゲマインシャフト」です。


ゲゼルシャフトは、日本では普通「利益社会」と訳され、英語の場合はよくアソシエーションという表現があてられます。


これにたいして英語のコミュニティは、ゲマインシャフトに当たります。


日本では「共同社会」と訳されるのが普通です。


共同体といった方がいいかもしれません。


ゲゼルシャフトは利害打算で交わる社会関係、そろばんつくの交わりです。

人間回復の要求とコミュニティ 3

われわれが名前を知っている人はいったい何人ぐらいいるか。


現に交わっている人だけでなく、歴史上の人物でもいいのです。


われわれはいったい何人ぐらい知っているのでしょうか。


ある調査によると平均3000人から3500人ぐらいのようです。


多い人で5000人ぐらいだそうです。


そういう人々は、その人が出会った人といっていいでしょう。


現実に出会っただけではなく、本の上で出会ったり、いろいろありますが、そのくらいになるのだそうです。


そこで、一般的には3000人を越えると人間的な交わりがなくなっていくのではないだろうかというのが、そのときの某教授の話でした。


そして、どれだけかは確定しがたいものですが、人間の人間的な交わりには、ともかく一種の適正規模があるようだという点では、みんな同感でした。


人間が親しくしうる、その意味でコミュニティができる範囲というのは、やはり限られています。


非常に巨大化すると、どうしても組織で動かす以外にはなくなってきます。


これは創価学会 仏壇など宗教的な問題でもそうですね。


人間的な交わりよりも、いろんな規則や規約で縛られることになります。


冷たい関係になります。


それを解決するには、小集団をたくさんつくっていくことが重要ではないか、といわれてきています。

人間回復の要求とコミュニティ 2

言い換えると、コミュニティを地域にも職域にも、その他のいろんな分野につくっていくことです。


「福祉社会」はこういう小集団に重点を置くような社会ともなるでしょう。


いったい、人間が親しくなる範囲というのは限られているようです。


巨大な組織になると、どうしても人格的・人間的な関係が薄れていきます。


今の生協もそうだと思います。


生協は他の組織とは違うけれども、それでも生協全体の人々の間、組合員と職員の間に、心の触れあいがどれだけあるでしょうか。


心の触れあいが維持されるためには、人々の集まりに一定の規模というものがあるようです。


もう20年近く前、大学が荒れに荒れたあの大学紛争のときのことです。


「なぜ大学がこんなに荒れるのか」と話しあったときに、この間題が出たことがあります。


心の通いあうような人間関係というものには、一定の規模があるのではないか・・・


大学がマンモス化するとどうしてもそれができない、どのくらいが心の通いあう可能な範囲なのか・・・


といったことが話題になりました。


そのときに一つの考え方として、おもしろい意見が出たのです。

人間回復の要求とコミュニティ

この場合、西側諸国で今日とくに問題になっていることとして、「福祉国家」から「福祉社会」への動きに注意したいのです。


これもすでに触れたことですが、「ゆりかごから墓場まで」国が何もかもの面倒を見る「福祉国家」・・・


これは、現実でも理念でも、今は大きく崩れてきており、別のやり方で福祉を進める「福祉社会」が追求され始めています。


ここで非常に問題になっているのは、地域や職域の共同体です。


共同体が福祉活動の主役になるような社会、これを今から育てていかなければならないというわけです。


「第三の道」の一つの方向です。


これまでの「福祉国家」と違って、国と個人の間にもう一つ中間組織として共同体を育成し、それに重要な役割を果たしてもらおうというわけです。


この共同体は今はやりの言葉でいえば、コミュニティです。


これが重視されてきていることは重要です。


先に、今日の新しい二ーズに関連して「出会い」の重要さに言及しましたが、これも、このコミュニティ重視の動きと関係があります。


その際「自然との出会い」「自分自身との出会い」「人との出会い」・・・


こういう出会いが要請されてくるといいましたが、このうち「人との出会い」、つまり、人と人との触れあいを推進するのに何が一番よいかというと、親しい小集団をたくさんつくることです。

生協運動の方向 2

西側では、自由資本主義はもはやまったく過去のものとなり、あからさまに「第三の道」を唱えるいくつかのグループも出てきています。


東の社会主義の国は、イデオロギーがあるから、旗印を降ろすわけにはいきません。


マルクス・レーニン主義という旗印は依然として掲げていますが、実際の動きを見ると、程度に差こそあれ、中国でもロシアでも、その他のどの社会主義国でも自由化が進められています。


つまり、人格として自律的な人間を無視することができなくなってきています。エグゼクティブトレードによると、自由化がだんだんと体制のなかに入り込んでいます。


むろんここでは資本主義は拒否されます。


だから事実上「第三の道」が模索されているといっていいでしょう。


実際、共産圏で「第三の道」を唱えた人もいます。


かつてチェコスロバキアの副首相だったオタ.シクがそうです。


彼は1960年代の東欧の自由化の先頭に立ち、68年のチェコ事件で祖国を追われることになりますが、マルクス主義の立場から明からさまに「第三の道」を唱えた最初の人の一人です。

生協運動の方向

生協学校と結んで研究所を、という考えがあります。


これは、既述のところからしても当然のことでしょう。


その研究内容は、これも既述のところからして、人問生活そして人格的な生活協同体にかかわるところの研究が、中心になっていかなくてはならないでしょう。


そして、ここにもろもろの生活情報が集められ、ここで研究が行われ、ここからまた情報が外に流れていきます。


情報の発信地ということがよくいわれますが、この研究所を核にして、生協学校が生活情報の受信地であると同時に発信地になるような、そこまでいくべきだと思います。


この点でも、意見の一致があります。


ともあれ、教育・研究事業は今までよりも一段と重視され拡充されていくのでなければならないし、その一歩もすでに踏み出されている、と考えたいものです。


・・・以上、事業を中心に生協運動の方向を見てきましたが、生協運動は別の面からも問題となってきます。


体制や組織にかかわってくる事柄です。


ここでは今日の社会体制の動向も問題となってきます。


・・・以下、今日の生活ニーズの変化からというよりも、世界の社会体制の変化と関連して、これからの生協のあり方を考えてみましょう。


今日、東西ともに社会体制が大きく変化しています。


両極の一元体制がいずれも行きづまって、いずれも混合体制への動きを示しています。


その意味において、口に出すか出さないかは別として、事実上「第三の道」が世界的に模索されているといっていいでしょう。


生協学校構想 2

少なくとも次の点では設立委員の意見は一致しています。


まず、人間が中心の教育、あるいは学習でなければならないことは明らかです。


人間性、別の言葉でいうと、ヒューマニティです。


これが教育の根本をなさなければなりません。


むろん、各種の技術的・実務的な教育も必要です。


生協のいろんな仕事を処理していくうえに必要な、さまざまの技術や実務ももちろん重要です。


世の中が激変し、技術や方式が日に日に変わっている今日は、ことにそうです。


しかし、それだけで終わってしまっては本末転倒になります。


根本的には、生協の基本精神からして、なによりも「人格たる人間」が問題になるわけですから、人間やその人間の人格的な協同社会、それにかかわる教育がやはり核をなすのでなければなりません。


が、その場合、普通の学校でやっているような抽象的な議論だけでなく、生協の運動ですから、生活に密着し、地域に根をおろした学習や教育が進められるのでなくてはならないという点でも、共通の認識があります。


いずれにしても、一定の年齢の者に一定のカリキュラムをこなす今までの普通の学校教育とは違い、しかもたんなる職員研修でもカルチャー教室でもなくて、人間生活の基本と実際をふまえた体系的・本格的な教育と学習にもっていくべきだと思います。

生協学校構想

海外の生協活動を助成しなければならないとなると、海外からの研修者を引き受けていかなければなりません。


現在でも海外からよく見学者が来ていますが、今後こういう海外からの研修者や見学者の教育が、もっと組織化され、格段に進められる必要があります。


また逆に、組合員や役・職員の海外研修も一段と推進されるのでなければならないでしょう。


教育・学習の国際交流の促進です。


今までも行われていたことですが、もっともっと本格的に具体化する必要が出てきます。


現在、生協学校(仮称)の計画があります。


これは生協学校を本格的につくっていく計画です。


本場であるイギリスには、すでに「コープカレッジ」があります。


歴史的に生協運動の盛んな北欧諸国にも立派な「生協学校」があります。


灘神戸生協でも、設立当初から職員の育成に学校をもち、研修所をもってきました。


しかし、もっともっと今日の時代にマッチした教育内容と陣容をもった本格的な生協学校が必要です。


具体的にどういう形を採るかは、現在、検討中です。

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