人間回復の要求とコミュニティ 2
言い換えると、コミュニティを地域にも職域にも、その他のいろんな分野につくっていくことです。
「福祉社会」はこういう小集団に重点を置くような社会ともなるでしょう。
いったい、人間が親しくなる範囲というのは限られているようです。
巨大な組織になると、どうしても人格的・人間的な関係が薄れていきます。
今の生協もそうだと思います。
生協は他の組織とは違うけれども、それでも生協全体の人々の間、組合員と職員の間に、心の触れあいがどれだけあるでしょうか。
心の触れあいが維持されるためには、人々の集まりに一定の規模というものがあるようです。
もう20年近く前、大学が荒れに荒れたあの大学紛争のときのことです。
「なぜ大学がこんなに荒れるのか」と話しあったときに、この間題が出たことがあります。
心の通いあうような人間関係というものには、一定の規模があるのではないか・・・
大学がマンモス化するとどうしてもそれができない、どのくらいが心の通いあう可能な範囲なのか・・・
といったことが話題になりました。
そのときに一つの考え方として、おもしろい意見が出たのです。