黄金の世代
金が発見されたことにより、英国とオーストラリアはこれまでになく緊密な関係を持ち始めていました。
オーストラリア同様英国も、19世紀の前半には社会と経済が急激な変化を経験します。
オーストラリア社会は、物、金、人の交流を通じて英国社会と連動する様になっていきました。
英国資本によってオーストラリア経済が発展を遂げた様に、何万人もの英国人がオーストラリアに移住したことで、あらゆる場所の経済は活況を呈し、英国企業が進出するための足がかりもできたのです。
1850年代に突入する頃までには、英国経済も産業革命初期の社会的、経済的混乱期を乗り越えて、落ち着きを取り戻しつつありました。
しかし商業は、ほとんどの地域で依然として不振状態に陥っていました。
少しでも生活を向上させたいと願う人々に与えられた機会にも自ずと限界があり、その見通しも暗かったのです。
マックレスフィールド、ランカシャーの町に住む仕立屋は、メルボルンにいる兄弟に、
「商売は上がったりで、給料もひどいものです。
家族に良い暮らしを送らせるチャンスもほとんどありません。」と手紙を書き送っています。
植民地で大量の金が発見されたことがきっかけとなり、こうした人々は、ぞくぞくと地球の反対側を目指して行きました。
この時初めて、英国領内での移住先としてオーストラリアとカナダの地位が逆転したのです。
1850年代及び1860年代初期にかけてオーストラリアに向かった英国移民の人数は、アメリカに渡った全移民の合計人数の、半数近くにまで迫る勢いでした。
ビクトリアの植民地で大金鉱脈が発見されたというニュースは、1851年から1852年にかけてイングランドにまで伝えられました。